怠惰という精神の防衛反応
「怠惰」については何度も書いてきました。
怠惰とは、
- 排除すべき悪習慣
- 行動の原動力
...などなど、その意義について考えてきました。
しかし最近、
「怠惰が起こる原因はそれら以外にもあるのではないか?」
と感じるようになったのです。
目次
怠惰という精神の防衛反応
そう、怠惰は精神の防衛反応の一種かもしれないのです。
それは、怠惰が起こるときの特徴を見ていけば分かります。
↓の過去記事を参考にどのような特徴があったかを見ていくと、
- 疲れ
- 慢性的なストレス(心身どちらでも、またはどちらとも)
- すべきことから逃げる
...が挙げられています。
これらはいずれも結果的には精神を抑圧させています。
そしてある程度の負荷がかかると、精神は防衛反応を働かせ始めるのです。
ある人は、精神の防衛反応として
建設的な行為を取るかもしれないし、
はたまた建設的でない、もしくは破壊的な行為を取ることになるのでしょう。
「怠惰」のことを私は建設的でない状態だと考えます。
なぜならば、怠惰は現実逃避に他ならないからです。
精神が耐えられる状態ではないから、
「端からそのような苦しみのことは忘れてしまおう」
という防衛反応を働かせてしまう...
もしその通りなら、
これはただ単に精神が弱いからなのでしょうか、
それとも本当に耐えきれないほどの苦しみが重なってしまっているのでしょうか?
まぁ、いずれにしても解消すべき問題であることには変わりはありませんが。
怠惰が精神の防衛反応だというならば、
その精神の防衛反応を怠惰以外の、
建設的なものにすり替える必要があるかもしれません。
そうすれば、後々困った事態になることも避けるのが容易になる筈ですからね。
どうやって、
「精神の防衛反応を取り替えるか」
という難問はこれから解き明かしていかなくてはなりませんが。
毎日の記録
7月29日の記録
出来なかった良行動:瞑想15分、読書1時間、デジタルデトックス
未回収の良行動 :瞑想15分×3、読書1時間×5
回収分の良行動 :縄跳2000回
精神に穴が開く、そんな比喩が出来そうなほどのストレスに襲われた日でした。
虚無感と思考能力の顕著な低下、強い後悔、不安の堂々巡り、自己肯定感の消滅...
と状態異常のオンパレード!
「精神も身体同様に死ぬ時があるのだろうな」
そう感じました。
今(7月30日の夜)はもう大丈夫です。回復しました。
しかし、こういったストレスや疲れによる良行動の失敗で、
回収しなくてはならない良行動がどんどん大きくなってきているのが問題ですね。
それに加えて時間も大幅に遅れてしまっています。
この状態を放置していると、
恐らくストレスと怠惰の負のスパイラルに取り込まれてしまいそうなので、
心を苛めないようにしつつ、できることを最大限にこなしていかなくてはなりません。
ここ最近の一番の試練に私は直面しているのかもしれませんね。
希望はあるのかな?
それでは、また明日。