えりまとの在る所

記録を綴って愉快に生きようと試みる

望みは過去にあるかもしれない

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「やりたいことはこれじゃない!何か違う!」

現状に対する不満、違和感を解消する術を求めることが増えた、えりまとです。

そんな問題を解決するには、 過去に返ってみるといいのかもしれません。



何かを忘れているかもしれない

忙殺された日々を送っています。

先日の夜、内省をして自分の在り方を振り返っていたとき、ふとこう感じました。

「あれ、なんか心から楽しいことが最近ないな。と。

 

最近の生活の仕方を思い返してみれば、

良かれと思って、道楽を手放し、食を慎み、人との関りも希薄になる行動を進んで

取っている。なにこれ修行か?私は悟りを開くつもりか?

そして、どこを目指しているのか分からないが一心不乱で走り続けようとして、

ただただ忙しさを享受する毎日

だから、心から楽しむ時間があまり見当たらない。

 

...そう思って「この状態を打破できる術はないか」と思い立ち、

何となしに自分の過去を振り返ることにしたのです。

 

そしたら分かったんですよね。

何故私が「楽しい」と感じることが少なくなっているのか。

 

私は元来、「創ること」が好きな人間でした。

絵を描いたり、粘土をこねて造形したり、真新しいことを想像して楽しんでみたりと、

何かと「創造する」ことが大好きだったのです。

思い出せば、そういうことを常日頃からやっていた時期は確かに、

今以上に楽しく生きていました

 

私は忘れていたんですよね。自分が望むことを。

 

はっきりとそのことが分かったときに、

もっと日常の中に想像力を刺激させることを取り入れることが、

私がすべきことだと考えました。

 

現状に対する不満、違和感の正体は、

「何かあなたにとって大切なことを忘れている」からなのかもしれません。

望みは過去にあるかもしれない

して、今の自分が望むことは「過去の自分」にあるかもしれないのです。

 

思い出してください。

あなたの学生時代、または幼少期に、一体何を好んで何を楽しんでいたのかを。

 

 

成長とそれに伴う思考や嗜好の変化、忙しさ、現実と時間が、

そのことを完全なる忘却の彼方に追いやっていたとしても、

もし思い出せることができるならば、

失われている目の輝きを取り戻すことができるかもしれません。

 

本来あった姿に顧みるのです。望みは過去にあるかもしれません。

毎日の記録

  継続日数    一日の総合評価   精神状態良好度   身体状態良好度  出来なかった良行動
16
7
7
6
無し

 最近感じるのは「休日のために平日を過ごしている」ということです。

そんな感じだといつまでたっても楽しく生きることはできないと思うので、

「今」を最大限楽しく生きていけるようにしていきます。

 

それでは、また明日。